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東京高等裁判所 昭和47年(行ケ)134号 判決

一 原告の請求原因事実中、本願発明につき、特許出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、右審決の取消事由の有無について判断する。

1 加工工程の限定について

引用例も消火器体を深絞りで製造するものであること及び円筒体を四回プレスで製作することが周知であることは、いずれも原告の争わないところである。したがつて、本願発明のように消火器体を深絞りで製造しようとする場合には、まず四回プレスで行おうとすることは、当業者にとつて何ら発明力を要せず、容易に考えられることである。そして、成立に争いのない甲第四号証の一ないし七(塑性加工研究会プレス便覧編集委員会編「プレス便覧」(昭和三三年一一月一五日改訂第二版発行))、甲第五号証の一ないし一〇(橋本明著「プレス絞り加工」(昭和三六年四月一〇日初版発行))及び乙第三号証の一ないし四(橋本明著「プレス作業と型工作法」(昭和三三年六月一〇日初版発行))によれば、深絞り加工において所望の製品を生産するに際して最少の工程の選択を要求されることが、周知であることが認められる(甲第四号証の二(一三六頁)、甲第五号証の八(七一頁)及び乙第三号証の三(一五〇頁))。したがつて、まず四回プレスで消火器体を製造することが容易に想倒しうることであるならば、次にこの回数を減らして三回プレスで試みようとすることも当業者であれば当然思いつくことであり、これがどのような具体的手段によれば達成できるかということは別として、前記のことを意図すること自体は何ら新規な着想ということはできない。

そこで、本願発明が、右課題を解決するために、三回プレスの各工程における絞り率、深さ比を特定の値に限定し、その加工度合を各工程に配分した点について、発明が認められるかどうかについて次に検討する。

(一) 絞り率について

一般に円形板金のプレスによる円筒絞り加工において、

円筒の直径   d

素材円板の外径 D

とすると、絞り率が<省略>=mで表わされることは、当事者間に争いがない。

(1) 第一工程の絞り率 m1

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、第一工程の絞り率m1は〇・五程度となつているが、本願発明の明細書に記載された実施例(以下単に「実施例」ともいう。)において、m1が〇・五一であることは当事者間に争いがない。したがつて、第一工程の絞り率m1は〇・五~〇・五一の範囲と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)そこで、この値について検討する。

前掲乙第三号証の三(「プレス作業と型工作法」)の一五二頁から一五五頁までの記載(その内容が周知であることは原告も自認している。)によれば、加工可能の絞り率は、使用する材料、加工条件のみならず、材料の板厚によつても変ることが、本願発明の出願前既に当業者にとつて周知な事項であつたことが認められるから、本願発明において板厚(正確にはプランク(材料)直径に対する板厚の割合)を特に限定しないで絞り率のみを特定の値に限定しても、技術的事項としてはさして意味のあることではない。

したがつて、本願発明の絞り率については、これを、前掲乙第三号証の三の第一七表(同表に記載の各絞り率が周知であることは当事者間に争いがなく、前掲甲第五号証の七(「プレス絞り加工」)の第九表はこれと同じである。)の<省略>×100(前掲乙第三号証の二によれば、tはプランクの厚さ(mm)を、Dはプランクの直径(mm)を表わすことが明らかである。)が〇・三~〇・一五の欄の絞り率と対比しなければならないものでもなく、同表によれば、例えば、<省略>×100の値が一・五~一・〇の場合にもその絞り率が第一工程から第三工程へと順次m1(第一回の絞り率)〇・五〇~〇・五二、m2(第二回の絞り率)〇・七五~〇・七六、m3(第三回の絞り率)〇・七八~〇・七九であることが示されているから、本願発明におけるm1〇・五~〇・五一も必らずしも新規な絞り率とはいえない。まして、本願発明においては深絞りに適した特定の化学成分、機械的性質を有する材料を用いているのであるから、前記表中に示されている絞り率、例えば、<省略>×100の値が〇・三~〇・一五の場合のm1〇・五八~〇・六〇よりさらに小さな絞り率にしてプレスを試みることは、当業者であれば容易に思い付くことであり、したがつて、本願発明における絞り率〇・五~〇・五一は、当業者にとつて当然予測できる数値であり、単なる設計的事項といつて差支えないものである。

(2) 第二工程の絞り率 m2

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、第二工程の絞り率m2は〇・七程度となつているが、実施例において、m2が〇・七三であることは当事者間に争いがない。したがつて、第二工程の絞り率m2は〇・七~〇・七三の範囲と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)。この数値を周知の前掲乙第三号証の三の第一七表の第二回の絞り率と比較してみると、前述のように材料の板厚を限定していない本願発明にあつては、右表の<省略>×100が二~一・五の欄の絞り率m2〇・七三~〇・七五の範囲内に入るものである。また、板厚を実施例のように、t一・四mm、D六二〇mm、したがつて、<省略>×100=0.22として考慮したとしても、これに該当する乙第三号証の三の第一六表(同表に記載の各絞り率が周知であることは当事者間に争いがなく、前掲甲第五号証の七の第八表はこれと同じである。)の<省略>×100が〇・二の欄には括弧付きではあるがm2(〇・七三)の数値が示されており、この括弧付きの意味は「困難な絞り加工の範囲」と説明されてはいるものの、「困難である」とは必ずしも「不可能」とは限らないものであるから、本願発明におけるm2〇・七~〇・七三は右表に示されているといえるものであり、しかも本願発明が深絞り用の特殊の材料を用いている以上、この困難な絞り率として示されているものをも敢えて実施してみようとすることは、当業者として容易に思いつくことである。

したがつて、本願発明の第二工程の絞り率も周知の範囲を出ないものである。

(3) 第三工程の絞り率 m3

本願発明の特許請求の範囲の記録によれば、第三工程の絞り率m3は〇・八程度となつているが、実施例において、m3が〇・七六であることは当事者間に争いがない。したがつて、第三工程の絞り率m3は〇・七六~〇・八の範囲と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)。この数値を前記周知の数値と対比してみると、前掲乙第三号証の三の第一七表の<省略>×100が二~一・五から〇・六~〇・三までの各欄にある数値〇・七六~〇・八一の範囲に入るものであり(本願発明では板厚に何らの限定がないから<省略>×100を特定の値の範囲に限定する必要のないことは前記(2)記載のとおりである。)、<省略>×100を実施例のもの(〇・二二)に限定しても、その該当欄<省略>×100が〇・三~〇・一五の絞り率m3〇・八一~〇・八二にほとんど等しいものであり、その使用材料が前述のとおり特殊であることを考慮すれば、m3〇・七六~〇・八は、当業者の予測する数値と異なる新規な数値とは考えられない。

以上のとおりであるから、本願発明における各工程の絞り率はすべて新規なものではなく、これらの各絞り率を一連のものとして順次配列した点についても、前掲乙第三号証の三の第一六表、第一七表に示されている、第一回から第三回にかけて順次その絞り率が増加する傾向とその軌を一にするものであるから、右各表に記載の絞り率に基づき容易に考えられる程度のことということができるものである。

(二) 深さ比について

ここに深さ比とは、プレスにより深絞りして成形した絞圧体における上周縁の外径に対する高さの比であり、絞圧体の外径をd、高さをhとすると、<省略>である。

(1) 第一工程の深さ比<省略>

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、第一工程の深さ比<省略>は〇・八程度であるが、成立に争いのない甲第二号証の一、二(本願発明の願書及び明細書、図面)によれば、実施例ではh1二五九mm、d1三一五mmであるから、深さ比<省略>は〇・八二であることが認められる。したがつて、本願発明における第一工程の深さ比<省略>は、〇・八~〇・八二の範囲と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)。

ところで、成形品の形状からそのブランク直径を算出する公式として前掲乙第三号証の二に示されているD=<省略>(この公式が周知であることは当事者間に争いがない。)を用いて<省略>を計算してみると(原告は、ブランク直径から成形品の形状を算出するためにこの公式を用いることはできないと主張するが、ブランクと成形品とは一対一で対応するから、この公式を逆にブランクから成形品の形状を算出するのに用いても差支えないものと解され、原告の右主張は理由がない。)、d1=m1であり、本願発明にあつては、特許請求の範囲の記載によるm1〇・五とすると、<省略>は〇・七五となり、実施例によるm1〇・五一とすると、<省略>は〇・七一となり、これらの値は、前記本願発明の<省略>〇・八~〇・八二に近似する。

(2) 第二工程の深さ比<省略>

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、第二工程の深さ比<省略>は一・六程度であるが、前掲甲第二号証の二によれば、実施例ではh2三八一mm、d2二三〇mmであるから、深さ比<省略>は一・六五であることが認められる。したがつて、本願発明における第二工程の深さ比<省略>は一・六~一・六五と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)。

一方、前記の公式を用いて第二工程の深さ比を算出してみると、d2=m2d1=m1m2Dであり、特許請求の範囲の記載によるm1〇・五、m2〇・七とすると、<省略>は一・七九となり、実施例によるm1〇・五一、m2〇・七三とすると、<省略>は一・五五となり、これらの値は、前記本願発明の<省略>一・六~一・六五と大差がなく、ほぼ一致する。

(3) 第三工程の深さ比<省略>

本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、第三工程の深さ比<省略>は三・〇程度であるが、前掲甲第二号証の二によれば、実施例ではh3五一二mm、d3一七五mmであるから、深さ比<省略>は二・九二であることが認められる。したがつて、本願発明における第三工程の深さ比<省略>は二・九二~三・〇と解して差支えない(このことは、原告も請求の原因四、1、(一)において認めるところである。)。

一方、前記の公式を用いて第三工程の深さ比を算出してみると、d3=m3d2=m2m3d1=m1m2m3Dであり、特許請求の範囲の記載によるm1〇・五、m2〇・七、m3〇・八とすると、<省略>は二・九三となり、実施例によるm1〇・五一、m2〇・七三、m3〇・七六とすると、<省略>は二・八七となり、これらの値は、前記本願発明の<省略>二・九二~三・〇にほぼ一致するものとなる。したがつて、各工程の絞り率が定まれば、これに伴い各工程の深さ比もおのずから定まることとなり、本願発明において絞り率の各工程における配分については先に検討したように発明が認められない以上、深さ比の配分についても発明が認められないことは明らかである。

以上のように、本願発明における唯一の特徴と考えられる絞り率、深さ比の各工程への配分について検討してみても、そこに何らの発明力の存することを認めることができない。

2 円筒体の形状について

本願発明において、開口5をすること並びに頸部6及び底板7を装着することが、その要旨でなく、三段階の絞り加工によつて、第1図から第6図までに例示されるような工程で、消火器体を製造する方法を要旨とするものであり、一方、引用例が円筒体と有底円筒体とを鑞接するものであることは、当事者間に争いがない。したがつて、審決が挙げる円筒体の形状の点は、本願発明自体の構成には関係のないことであり、引用例の有底円筒体に代えて底板を装着せしめる程度のことが設計変更の範囲に過ぎないとの審決の判断は、無用のものであるが、これがあるからといつて、審決の結論に影響を及ぼすものではなく、右の判断は、審決を取消すべき違法の事由には該当しない。

3 作用効果について

四回プレスにより深絞りすることが周知であることは前記1で述べたとおりであり、これよりプレス回数の一回少ない本願発明が、四回プレスのものより経済的に製造できること、製品の耐用性の大きいこと(加工回数の少ないほど加工硬化が少ないことは技術常識である。)は当然のことであり、原告主張の点はいずれも当業者にとつて容易に予測できる効果であつて、格別顕著なものということはできない。

4 結論

以上のとおりであるから、審決が、本願発明で用いている深絞り用の鋼材が汎用のものであることと、円筒体を構成するための深絞り加工が数段階に分けて行われ、それぞれの段階における形状比を適宜設定することが当該技術分野では普通に行われていることとを前提として、引用例のものに基づき本願発明が当業者にとつて容易に発明することができたものと結論づけたことに違法はない。

三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

C〇・〇三二~〇・〇四〇%、Mn〇・二六~〇・三七%、P〇・〇〇八~〇・〇一二%、S〇・〇一一~〇・〇一七%の化学成分を有し、引張り強さ三〇~三二kg/mm2、伸び四六~五三%、エリクセン一二・五~一三・八mmの機械的性質を有する所要の厚みの深絞り用鉄鈑を所定の直径を具有する円状鈑に截成し、これを圧力一二〇トン程度で絞圧して、上周縁の外径を円状鈑の外径一に対し〇・五程度とし、かつ、この外径一に対し高さ〇・八程度の断面U字状の第一絞圧体を圧出し、次いで、これを圧力一二〇トン程度で絞圧して、上周縁の外径を第一絞圧体の上周縁の外径一に対し〇・七程度とし、かつ、この外径と高さの比を一と一・六程度とした第二絞圧体を圧出し、さらに、これを圧力一二〇トン程度で絞圧して、上周縁の外径を第二絞圧体の上周縁の外径一に対し〇・八程度とし、かつ、この外径と高さとの比を一と三程度とした第三絞圧体を圧成して、胴筒と天井部または底部とを一体に形成した継ぎ目のない材質、精度が各部均一である消火器体を簡単、容易に著しく経済的に製造することを特徴とする消火器体の製造方法

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